まさ@ブログ書き込み中

自由に生きるための英語、プログラミング、考えごとについて色々書いています。

本を読んでいるのか、読まされているのか

 

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おはようございます、まさです。

水曜から6時〜7時半の間に毎朝起きていて、めっちゃ快調です。

 

今日は僕の読書についてふと思ったこと書いていきたいと思います。

 

 

たくさん本を読んだつもりだけど、だいたい覚えてない

僕は高校三年生から大学三年生までの間、めっちゃ読書してました。大学一年から大学二年の間に関しては平日はほぼ読書の時間があったはず。

 

それらの本、大学の授業、経済学部の教授に個人的につけてもらったゼミ、当時出会ったいろんな人たちとのおしゃべり(議論ともいう)がその時の僕の行動を作ったり、考え方を作ったり、今の僕にも影響していると思います。

 

ただ、今となってはその本の内容はだいたい覚えてないです。

 

なので読書って(無駄ではないかもしれないけど)そこまで役に立っているのかぶっちゃけわからないな、と思っていました。

 

 

たくさん読むのをやめた方が「読んでる」気がする

僕はセブ留学の後からめっきり本を読まなくなってきました。プログラミングに精を出し始めたからでしょうか。

 

プログラミングに関する本は読むようになったのですが、それ以外の本を読むことはめっきり減りました。

 

そんな中で久しぶりにある本を読んでみようとしたところ、今までの本とは違う読み方になっていることに気づきました。

 

「次はこれ読みたい、その次はあれだ」とか「早くこれ読み終えなきゃ」というような雑念が入った今までの読書より「この本の内容を完全に自分のものにするぞ!」と意気込んで一冊に時間をたっぷりかける今の読書の方が自分のためになっている気がしています。

 

うおおおお!と思いつつ、この違いは何なんだろう、と考えてみました。

 

 

読んでいるのか読まされているのか

現代ではいろんな情報がたくさん入ってくるので、行動だけが「差」を生み出します(この「差」とは昨日までの自分と今日の自分の「差」でもありますし、他人との「差」でもあります)。

 

読書であれニュースであれ経験であれ、自分の行動や考え方を変えることになるかどうかがその情報の価値を測る指標になると言えそう。

 

そう考えてみると僕が今まで漫然とやってきた読書は、情報をなんとなーく頭にぶちこんでいた「読まされていた」だけの読書で、今僕がやっている読書は、目的があってより積極的で、行動を変える前提がある「読んでいる」読書だったんだなと思いました。

 

「読んでいるのか、読まされているのか」を意識してしっかり自分が前のめりになって読書をすることが増えれば、今までよりもっと意味のある読書ができそうだと思いました。

 

今までよりもっと読書による自分の可能性が広がっていきそうだなーとこれからが楽しみになってきましたとさ。終わり。